創部30周年

1978年 とにかく負けたくなかった

第1期
リーグ 新加盟リーグ(2部ではなく並列リーグ時代です)
部長名 阿南 功一 医学部長
監督名 森岡 理右
コーチ名

福永 幹夫(現総監督)  岩本 卓  山内 栄五郎

主将名 三浦 敦(現チームドクター)
主な練習場所 今の練習場の隣。
対戦大学
第1試合 VS 神奈川大   スコア   7 - 20 ●
第2試合 VS 宇都宮大   スコア  34 - 42 ●
第3試合 VS 足利工業大  スコア  27 - 0 ○
第4試合 VS 帝京大  スコア     7 - 54 ●
第5試合 VS 東京農業大  スコア 13 - 12 ○
思い出に残るTopic

1.神大との春のオープン戦、Fさんが当時実力日本一だった栄光のデサントサイドワインダ-ズの紫のメットを紙やすりで白くし(当時メットは白に筑波の校章「桐の葉」が貼ってあった),LBで出場した。タックルされた神大生が次々に吹っ飛ぶのをこの目で見た。

2.上記の試合で私(笠松初代後援会長)はセットしながらゲロをはいて対面のLをびびらせた。フェースガードにゲロが絡まったまま当たっていた。当時神大より弱かったので勝つためには何でもやった。とにかく負けたくなかった。俗に言うスパゲティゲロ事件である。

3.田んぼの中の農大戦1点差で勝った。私は足が死ぬほど痛くなり、ベンチに戻ったところ、福永監督の「誰が勝手に戻っていい、言うたんや。交代はベンチの指示でするもんや」の言葉。そうだ自分が間違っていたと思った私はすぐ戻って試合を続けた。翌日筑波大病院の田淵先生に診てもらったところ、足の骨2本にひびが入っていた。もちろん残りの試合すべて攻守両面にでた。今はスタッフがしっかりしていて、トレーナーに見てもらうことができて、うらやましい。

<編集部追記>

上記「対戦大学」にもあるように、春に壮絶な戦いをした神奈川大学とは秋の公式戦でも対戦、7−20と善戦する。その模様については『FOOTBALLフリークス創刊号(1980年春創刊)』に詳細があるので抜粋致しました。

913日 対神奈川大学戦 和光大学グラウンド>

新加盟となってはじめての公式戦であり、春に大敗を喫している相手だけにどこまで戦えるか不安であった。開始後まもなく中央のパワープレイからロングTDを奪われ、さらにもう一本TDを奪われ神大ペースで試合が進んだ。しかし後半ショットガン体型からの攻撃が神大を狂わせHB佐藤のリバースプレイでロングゲインし、さらにHB遠藤のリバースにより1TDを返した。その後もFB下成の中央プレー等により押し気味で試合を進めたが地力で上回る神大にくい止められ、さらに1TDされて、7−20で敗れた。この善戦は経験の浅いわがチームに大きな自信をもたらした。