1.「雨の明星戦」
雨の明星大グランド、全勝同士で迎えた最終戦に何度もゴール前まで攻め込みながら、パントブロックの6点で敗れ一部昇格の夢は消えた。でもこの敗戦がその後のエクスキャリバーズ躍進のバネになっていると信じています。
2.「恐怖の日大戦」
春のオープン戦で初めて日大と対戦し、168対0の記録的スコアで大敗。パントを蹴るとリターンTDをくらい、日本一のQB松岡はタックルしても腰に手が回らないほどごつく、パスはほぼ百発百中・・・全盛時代の日大とは言え、ホント死ぬかと思いました。
3.「タッチダウン」誌で初めてチーム特集記事掲載
当時あこがれの「タッチダウン」誌が、筑波まで取材に来て、初めてチーム紹介記事が掲載されました。全員のひとりづつ顔写真を撮影されたのですが、山手線の乗り方も判らない程の田舎者集団ゆえ、なれない笑顔が妙に引きつっていたのが印象的でした。
4.「今や懐かしい・・・」
4年生は全部で6名(同じ「高原荘」というアパートに居住)、そのうちプレーヤーは僅か3名という今では信じられないチーム事情でしたが、試合中に味方選手のケツを蹴って気合を入れる「戦慄のキャプテン」大池以下、良くまとまっていたと思います。
オフェンスの決めプレーは「オフタックル」と「QBキープ」、守備体型は「5−3」チャージング゙で、特にパスディフェンスは基本が「QBサックして投げさせない!」(もちろんDBはちゃんとマークしてますけど・・・)という極めて分かり易いシンプルなものでした。
でも秋は1試合当りの平均喪失ヤードが90ヤード台で、強力ディフェンスと対戦相手か恐れられていました。まあ、当時の二部ですからそんなものかもしれませんね。
また、貧乏学生ゆえにラインブロック用のスレッダーマシンも手作りで、しかも重過ぎて腰を壊す選手が続出し、結局使用中止になったのを覚えています。